予防保全と事後保全、どちらが得か——医療機器メンテナンスのコスト比較

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「壊れてから直せばいい」は本当に安いのか

医療機器の保全方針を聞かれたとき、「壊れたら修理する」と答える現場はまだ多い。

予防保全と事後保全、どちらが得か——医療機器メンテナンスのコスト比較の概念図

直感的にはわかる。定期点検にはコストがかかる。異常が出ていない機器に工数を使うのは「もったいない」と感じる。

だが、私がいた現場では逆だった。事後保全に頼っていた時期のほうが、年間の修理費・ダウンタイム・クレーム対応の総コストは明らかに高かった。

なぜそうなるのか。数字と構造で整理する。

予防保全と事後保全、何が違うのか

まず定義を揃えておく。

予防保全(Preventive Maintenance) は、故障が起きる前に定期的な点検・部品交換・調整を行う方法だ。スケジュール駆動で動く。

事後保全(Corrective Maintenance) は、故障や異常が発生してから対処する方法だ。問題が顕在化して初めて動く。

どちらにもコストがかかる。問題は「どのタイミングでどれだけかかるか」だ。

予防保全のコストは予測可能で平準化できる。事後保全のコストは突発的で、しかも一度の故障で跳ね上がることがある。

事後保全が「割高」になる本当の理由

修理費だけを比較すると、事後保全が安く見える場面もある。点検をしなかった分、工数を使わずに済んでいるからだ。

だがそれは表面のコストしか見ていない。

実際にやってみたら——というより、現場で見てきたのだが——事後保全には見えにくいコストが積み重なる。

ダウンタイムの損失がある。医療機器が止まれば検査・処置が遅延する。患者対応の変更、スタッフの余剰待機、場合によっては外部委託が発生する。その間の機会損失は修理費の数倍になることがある。

緊急対応の割増費用がある。通常のメンテナンス契約に含まれない緊急修理は、費用が1.5〜2倍になるケースが多い。部品の在庫がなければ取り寄せ期間も加わる。

品質リスクのコストがある。故障直前の機器は精度が落ちている。その状態で出た検査データが後になって問題になれば、是正対応・報告書作成・顧客説明という別の工数が発生する。

この構造については[メンテナンス品質と機械音の違い](/maintenance-quality-difference-machine-sound/)でも触れているが、「おかしい」と気づいた時点ではすでに遅い場合が多い。

予防保全が効くのはどういう機器か

予防保全がすべての機器に対して最適というわけではない。

コストパフォーマンスが高いのは次のような条件が揃う機器だ。

稼働頻度が高く、故障時の影響が大きいもの。部品の劣化が時間・使用回数と相関しているもの。点検によって異常の予兆を捉えられるもの。

逆に、稼働頻度が低く、故障しても代替手段がある機器であれば、事後保全のほうが合理的な場合もある。

現場で問題になりがちなのは、この判断を「感覚」で行っていることだ。どの機器に予防保全を適用するかを体系的に決めていない現場では、重要な機器が漏れる。

[メンテナンスの属人化がもたらす残業の原因](/maintenance-personalization-overtime-cause/)でも書いたが、担当者の経験値に依存した判断は、その人が異動・退職した途端に崩れる。

コスト比較:具体的な数字で考える

一般的な試算として参考になるデータがある。

予防保全のコストを1とした場合、事後保全の総コスト(ダウンタイム・緊急修理・品質対応を含む)は3〜5倍になるとされている。製造業やヘルスケア分野での複数の調査でも同様の傾向が出ている。

これはあくまで平均値だ。機器の種類・使用環境・契約形態によって変わる。

ただ、私が見てきた現場の肌感覚でも、この数字はおおむね正しい。予防保全を導入してから「修理費が増えた」という声は聞いたことがない。逆に「去年と比べて緊急対応が半分以下になった」という声はよく出る。

まとめ:今日できる一歩

「事後保全のほうが安い」という認識は、見えているコストだけを足した錯覚だ。

ダウンタイム・緊急対応・品質リスクを含めて計算すると、予防保全のほうがトータルコストは低くなる。これは多くの現場で共通して見られるパターンだ。

今日できる一歩は、自分の施設の機器リストを出して「この機器が止まったら何が起きるか」を書き出すことだ。影響が大きいものから優先度をつけ、そこに予防保全を設計していく。

全機器に一斉に導入する必要はない。重要度の高い機器から始めれば、コストも工数も段階的に管理できる。

[メンテナンス品質のばらつきが顧客クレームリスクになる構造](/maintenance-quality-variation-customer-request-risk/)も合わせて読むと、保全方針の設計に必要な視点が整理される。

よくある質問

予防保全を導入するとコストは増えないのか

短期的には増える場合がある。定期点検の工数・部品費が新たに発生するからだ。

ただし、これは「先払い」だ。故障が起きたときの緊急修理費・ダウンタイム損失・品質対応コストと比べると、トータルでは下がることが多い。最初の1〜2年でコスト構造が変わり、3年目以降に効果が明確になるケースが多い。

予防保全のスケジュールはどう決めるのか

メーカーの推奨周期と、自施設の稼働実績を組み合わせて決めるのが基本だ。

メーカー推奨は保守的に設定されていることが多い。実際の使用頻度・環境によって前後にずらすのは合理的だ。重要なのは「決めた周期を守る仕組みがあるか」で、担当者の記憶に依存している状態は危険だ。

事後保全でも問題ない機器はあるか

ある。稼働頻度が低く、故障しても代替手段があり、精度への影響が軽微な機器であれば事後保全のほうが効率的なこともある。

すべてを予防保全にしようとすると工数が膨らみすぎる。機器の重要度と故障影響を整理したうえで、保全方針を機器ごとに決めることが現実的だ。

予防保全の記録はどこまで残す必要があるか

医療機器の場合、保守記録は規制対応・監査対応の観点から重要だ。点検日・実施者・実施内容・判定結果を最低限残す。

紙での管理は検索性が低く、担当者交代時に引き継ぎ漏れが起きやすい。[医療機器メンテナンスの属人化リスク](/medical-device-maintenance-solo-dependency-risk/)で詳しく書いているが、記録が個人のノートに散在している状態は監査時に問題になる。

ツール紹介

保全管理の仕組みを整えるには、記録・スケジュール・異常検知をまとめて扱えるツールが必要になる。現場で使われている代表的な選択肢を2つ挙げる。

CMMS(設備保全管理システム)

CMMS(Computerized Maintenance Management System)は、点検スケジュール・作業記録・部品在庫を一元管理するシステムだ。

スプレッドシートで管理している現場が多いが、件数が増えると漏れが出やすい。CMMSを使うと、点検期日の自動通知・実績集計・コスト分析が可能になる。クラウド型であれば初期投資も抑えられる。

IoTセンサー+モニタリングツール

振動・温度・電流値などをリアルタイムで取得し、異常の予兆を検知するツールが普及してきた。

従来の「定期点検」に「状態監視」を組み合わせることで、不必要な点検を減らしながら故障を未然に防げる。導入コストはかつてより下がっており、重要機器への部分導入から始める現場も増えている。

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