「あの作業、できる人いる?」に誰も答えられない
「A型の校正、誰かできたっけ?」
そう聞かれて、一瞬、全員が黙った。
できると言えばできるが、一人でやったことはない。指導を受けたのは3年前。記録はあるはずだが、どこにあるかわからない。——そういう状況が、現場にはある。
これは担当者の問題ではない。「できる」の定義が共有されていない、仕組みの問題だ。
—
よくある失敗
失敗1:スキルマップが存在するが、誰も見ていない
監査のために作った。でも普段の業務では参照しない。更新されていないので、退職した人がまだ○印のまま残っている。ファイルを開いた最終日付が2年前だったりする。
失敗2:「できる」の基準が上長の感覚で決まっている
「Bさんはできる人だから」——そう言われると誰も反論しない。でも、具体的に何をもってできると判断したのかを聞くと、答えが出ない。評価者が変わるたびに基準がズレる。
失敗3:教育記録はあるが、力量確認がない
研修を受けた記録は残っている。でも「その後、一人で正確にできるようになったか」の確認がどこにも記録されていない。受講イコール力量有りになっている。
—
なぜこうなるのか
根本は、「力量管理の目的が監査対応になってしまっている」ことにある。
ISO 13485では力量の確認と記録が求められるが、その運用が「証拠を残す」ことに偏ると、書類は増えても現場の実態と乖離していく。
もうひとつは、「できる」という言葉の曖昧さだ。「ひと通り知っている」「指示があればできる」「一人でできる」「他の人に教えられる」——これらはまったく違うレベルだが、全部「できる」と表現される。スキルマップの○×がその違いを吸収できていない。
さらに、評価と日常業務が切り離されていることも大きい。年に一度、スキルマップを見直すだけでは、日々の実態は見えない。
—
放置するとどうなるか
最初に表れるのは、作業の属人化だ。「あの人しかできない」という状況が固定化し、その人が休むと業務が止まる。
次に、新人教育のブレが出る。教える人によって手順も判断基準も変わる。同じ機器を整備しているのに、仕上がりのチェックポイントが人によって違う。
引き継ぎでも問題になる。退職者が「自分は全部できる」と言っていたのに、実際には特定の機種だけしか対応できていなかった——という話は珍しくない。
そして品質への影響がある。「できるはずの人がやった作業」でもトラブルが起きたとき、なぜ起きたかを追うのが難しくなる。力量確認の記録がなければ、原因の切り分けができない。
品質への影響については、各社のQMS責任者や品質管理担当者がリスク評価を行う必要がある。
—
改善するための判断基準
まず、今の状態を確認する。
手作業・テンプレートで十分な段階は、こういうときだ。担当者が5〜10名程度で、扱う機器の種類もそれほど多くない。スキルマップをExcelで作り直し、評価基準を言語化するだけで大きく改善できる。
ツールの導入を検討する段階は、こういうときだ。担当者が増え、機器の種類も多い。拠点が複数ある。教育履歴と力量評価をひとつの場所で管理したい。Excelでの更新が遅れがちになっている。
どちらの段階でも、「評価基準の言語化」だけは先にやる。ツールを入れても、基準が曖昧なままでは何も変わらない。
—
今日できる改善手順
Step 1:「できる」を4段階で定義し直す
どの現場でも使いやすいのは、次の4段階だ。
- 0:未経験・未学習
- 1:指導のもとでできる
- 2:一人でできる(標準的な状況)
- 3:他の人に教えられる・イレギュラーにも対応できる
この定義を、スキルマップの凡例として明記する。口頭確認ではなく、ドキュメントに入れる。
Step 2:作業・機器ごとに「最低限必要なレベル」を設定する
全員が3でなくていい。「この機器はレベル2以上の人が2名以上いること」という形で、現場ごとの要件を決める。
これが決まると、誰をどう育てれば現場が回るかが見える。育成計画が「なんとなく」から「必要性のある行動」に変わる。
Step 3:評価のタイミングを業務に組み込む
年に一度の見直しだけでは、実態と乖離する。新しい機器を扱い始めたとき、新人がOJTを終えたとき、そういった「出来事」に紐づいて評価・更新するルールにする。
スケジュールではなく、トリガーで動かす仕組みにするのがポイントだ。
—
おすすめの次アクション
スキルマップの型が決まったら、次は「記録と引き継ぎの仕組み」に目を向けるといい。
力量が可視化されても、日常の点検記録や引き継ぎ情報が属人化したままだと、別の場所で品質がブレる。
[属人化がなぜ起きるのかを整理した記事](/medical-device-maintenance-depersonalization/)と、[担当者依存による現場リスクを掘り下げた記事](/medical-device-maintenance-solo-dependency-risk/)も合わせて読むと、全体の構造が見えやすくなる。
—
よくある質問
力量管理はISO 13485で具体的にどこに求められていますか?
ISO 13485の6.2条(人的資源)に、力量の決定・提供・評価・記録に関する要求事項が含まれている。ただし、具体的な様式や評価方法は規格では指定されておらず、各社の規模・製品・プロセスに応じた設計が必要だ。規格解釈の最終判断は、各社のQMS責任者や審査機関への確認を前提として進めてほしい。
スキルマップは何種類作ればいいですか?
機器の種類ごと、または作業カテゴリごとに分けるのが一般的だ。ただし、細かく分けすぎると更新が追いつかなくなる。まず「現場で判断が必要な場面」をリストアップし、その数だけ作るところから始めるのが現実的だ。
評価するのは上長だけでいいですか?
評価者が一人だと、基準のブレが出やすい。理想的には、上長評価と本人自己評価を組み合わせ、差があった項目を話し合いで確認する形が望ましい。「本人がレベル2と思っているが、上長はレベル1と評価している」というズレそのものが、教育の優先課題を見つけるヒントになる。
監査のたびにスキルマップを急いで更新しています。どう変えればいいですか?
監査前の突貫更新は、スキルマップが日常業務と切り離されているサインだ。更新を「スケジュールではなくトリガーベース」に変えることで解決できる。担当者の異動・新機種の導入・OJT完了など、業務上の出来事と紐づけた更新ルールを設定すると、自然に最新状態が保たれる。
—
現場で役立つツール
力量管理やスキルマップの整備を始めるとき、フォーマットとデジタル化の2段階で考えると進めやすい。
まずはテンプレートで土台を作る
Excelやスプレッドシートで自社の基準に合わせた雛形を持つことが、最初の一歩になる。評価基準の定義・担当者と機器のマトリクス・更新履歴の欄——この3つが入ったシンプルな型があるだけで、会話の質が変わる。
市販のQMS向けテンプレート集や、ISO 13485対応を意識したExcelフォーマットが書籍付録やオンラインで公開されている。まずは既存フォーマットをベースに、自社の現場に合わせて削ぎ落としていくやり方が定着しやすい。
人数・拠点が増えたらクラウド管理ツールも視野に
担当者が増えたり、拠点をまたいで教育履歴を管理する必要が出てきたりした段階では、クラウド上で力量評価・教育記録・更新通知を一元管理できるツールが選択肢になる。
QMSや製造業向けの教育管理システムには、ISO 13485対応を想定した設計のものもある。導入前に、自社のシステム担当や品質管理責任者と要件を整理した上で比較検討することを勧める。

コメント