「確認したつもり」をなくす——医療機器品質管理における承認・指示フローのデジタル化

「確認は取れています」——その一言が、あとになって誰も証明できない。

作業指示書にはサインが入っている。でも日付が2週間前だ。変更後の手順で本当に確認が取られたのか、誰も把握していない。

これは担当者の記憶力の問題ではない。承認と指示の流れが、記録として残らない仕組みになっているから起きる。

現場でよく見る「確認したつもり」の3つの場面

私がいた現場では、承認や指示の確認がいつのまにか「雰囲気で完了」になっていることが珍しくなかった。

ひとつ目は口頭指示だ。「さっき話したよね」で完結している。記録がないから、内容が人によって微妙に違うまま作業が進む。

ふたつ目は紙の回覧だ。押印欄は埋まっている。でも「読んだかどうか」と「内容を理解して承認したかどうか」は別の話だ。回覧ボックスに一晩置かれていただけで、実質的な確認はされていないケースがある。

みっつ目はメールの指示だ。送ったことはわかる。開封したかどうかはわからない。返信がないまま作業が始まり、「見ていませんでした」が後から発覚する。

どれも悪意はない。でも「確認した」の意味がバラバラで、証跡が残らない構造になっている。

なぜ「確認もれ」が繰り返されるのか

個人の注意力や意識の問題として片付けられることが多い。でも実際は、フロー設計の問題だ。

まず、承認と確認を「一体のもの」として設計していないケースがある。指示を出すことと、その指示が届いて理解されたことを確認する手順が、別々に(あるいは片方だけ)運用されている。

次に、確認の完了が「主観」で判断されている。サインや押印は「手続きが行われた」ことの証跡にはなる。しかし「誰がいつ何を確認したか」の事実が、後から追えない形式では意味が薄い。

そして最大の問題は、確認もれが起きても誰も気づかないサイクルだ。問題が表面化するのはたいてい、クレームが来た後か、内部監査の指摘を受けたときだ。そこで初めて「あのとき確認が取れていなかった」とわかる。これでは遅い。

放置するとどこに響くか

承認・確認のもれは、品質問題の直接原因になりやすい。

変更管理や是正処置(CAPA)において、指示の伝達と確認が記録に残っていないと、再発防止策が「また周知します」で終わる。同じ問題が半年後に繰り返される。

内部監査や外部審査の場面では、「確認を取った」という主張を証明できるかどうかが問われる。口頭やメールだけでは、確認の事実を客観的に示しにくい状況になることがある(最終的な判断は各社のQMS責任者・審査機関との確認が必要だ)。

引き継ぎにも影響が出る。担当者が変わったとき、過去の承認や指示がどの状態にあったのか、新担当者が把握できない。[属人化のリスクについてはこちらの記事](/medical-device-maintenance-solo-dependency-risk/)でも触れている。

デジタル化が必要かどうかの判断基準

すべての現場がすぐにツールを導入すべきかというと、そうではない。

現状のフローが紙ベースでも、次の条件が揃っているなら、まずテンプレートの整備から始めるのが現実的だ。承認者と確認者が同じ建物にいる、変更の頻度が月に数件以下、記録の検索が必要な頻度が低い——こういった条件であれば、台帳と様式の設計を先に固める方が早い。

一方、以下のような状況はデジタル化を検討する段階だ。

  • 承認者が複数拠点にまたがっている
  • 変更や是正処置の件数が増えてきた
  • 「確認した」「していない」の水掛け論が月1回以上起きている
  • 監査対応のたびに記録の収集に丸1日以上かかっている

このいずれかが当てはまるなら、仕組みで解決する方が長期的に低コストになる。

今日から始める改善手順

Step 1:現状の「確認」がどこで終わっているかを書き出す

指示が発生する主なシーン(変更管理、是正処置、定期点検指示など)ごとに、「誰が出して、誰がどう確認して、何が記録に残るか」を書き出す。ホワイトボード1枚でいい。これをやると、どこで確認が「消えている」かが見える。

Step 2:確認の「完了条件」を決める

「承認した」が意味するのは何かを定義する。たとえば「関連文書を開いた日時と氏名が記録に残ること」を完了条件にするだけで、確認の曖昧さは大幅に減る。これはツールの有無に関係なく、まず概念として決めておく必要がある。

Step 3:ツールか台帳かを判断して試験運用する

Step 1・2で洗い出した流れをもとに、既存のツール(グループウェア、電子承認機能、専用QMS管理ツール)で対応できるか検討する。最初から全件デジタル化しようとせず、件数の多い1種類のフロー(例:是正処置の承認)だけを対象に1〜2か月試験運用する。小さく始めて定着させる方が失敗しにくい。

次に確認しておきたいこと

フローの設計が整ったあと、実際に記録が「使える形」になっているかを確かめる必要がある。承認記録が存在しても、検索・抽出・集計ができなければ、監査時に結局手で集めることになる。

[保守品質のばらつきが顧客対応リスクにつながる構造](/maintenance-quality-variation-customer-request-risk/)と合わせて読むと、記録の設計を現場全体で見直すヒントになる。

承認フローのデジタル化テンプレートが必要な場合は、当サイトの無料テンプレートも活用してほしい。

よくある質問

QMSのデジタル化は大規模なシステム導入が必要ですか?

必ずしもそうではない。既存のグループウェアやクラウドのワークフローツールで対応できるケースは多い。まず確認・承認の記録が「後から証明できる形」で残ることを優先して、使えるツールを探す順番の方が現実的だ。大規模システムの導入は、運用が安定してから検討しても遅くない。

紙の承認記録とデジタル記録は並行して使えますか?

使えるが、並行期間は短くする方がよい。どちらかが「正」かを決めないまま両方を運用すると、監査時にどちらを提示するかで混乱が生じやすい。移行期間を3か月以内に設定して、切り替えの日付を明確にしておくことを検討してほしい。なお、記録の形式や移行手順については、各社のQMS責任者・品質担当者が確認した上で判断することが重要だ。

中小企業でもQMSのデジタル化は現実的ですか?

現実的だ。むしろ中小企業の方が、承認フローに関わる人数が少ない分、小さくスタートして早く定着させやすい。コストも、月額数万円以下のSaaSツールで対応できる範囲から試験できる。ポイントは「全部一気に」ではなく、問題が起きているフローの1種類から着手することだ。[属人化解消の考え方はこちら](/medical-device-maintenance-depersonalization/)でも整理している。

承認フローをデジタル化すると審査で有利になりますか?

「有利になる」とは断言しない。審査における有利・不利は個別の状況や審査機関の判断によるため、確定的なことは言えない。ただ、記録の提出や説明が迅速・明確にできる状態になることは、審査対応の負担を下げる効果が一般に期待できると考えられる。最終的な判断は必ず社内の品質責任者・審査担当者に確認してほしい。

ツール紹介

承認フローのデジタル化を検討しているなら、まずは用途別に2つのカテゴリを確認しておきたい。

グループウェア・ワークフロー系ツール

Notionや kintone、Microsoft 365のPower AutomateなどはQMS専用ではないが、承認フローの設計と記録保持の両方に使える。既存のITインフラとつながりやすく、初期コストが抑えられる点が中小企業に向いている。まず「誰がいつ何を確認したか」のログが残る仕組みを作るだけなら、これで十分なケースが多い。

QMS・文書管理専用ツール

文書管理・変更管理・是正処置管理をワンストップで扱える専用ツールも複数ある。医療機器分野の規制要件を考慮した設計のものもあり、記録のフォーマットや承認フローがあらかじめ組み込まれている。ただし導入コストと運用習熟のハードルは上がるため、自社の件数規模・人員構成と照らして判断するのが現実的だ。

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