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「その工具、校正の期限は確認できますか?」
「それは佐々木さんが管理しているので、ちょっと確認してみます」——そう返ってきた瞬間、私はその現場のリスクを把握した。
佐々木さんが管理しているという事実ではなく、佐々木さんにしか確認できないという状態が問題だ。
「誰かが全部知っている」現場で何が起きているか
私がいた現場でも、似た状況はあった。工具の校正台帳はExcelで管理されていた。ファイルは共有フォルダにある。でも更新しているのは一人だけ。その人が休んだ日に期限確認が必要になると、誰も動けない。
こういう状態を「管理している」とは言えない。「管理している人がいる」というだけだ。
その違いは、何かが起きたときに初めて見えてくる。
よくある失敗パターン
失敗1:校正期限切れの工具が現場に残る
記録が一人の頭の中にある現場では、期限管理のアラートが存在しない。「たしか去年やった気がする」で現場が回っていて、実際に確認したら期限を3ヶ月超過していた——そういうケースは珍しくない。
失敗2:工具がどこにあるかわからない
台帳に記録はある。でも現物の所在欄が空白か、「作業室」という曖昧な記載しかない。修理対応中に必要な計測器が見つからず、別の工具で代用した。その代用工具が校正済みかどうかも、結局よくわからなかった。
失敗3:引き継ぎで情報が消える
担当者が異動・退職したとき、工具管理の引き継ぎが口頭で終わる。「ここのファイル見てください」で終了する。新担当者は何が何の工具かわからないまま管理を続け、半年後に台帳と現物が完全に乖離している。
「うちのことだ」と思ったなら、それはあなたの管理スキルの問題ではない。仕組みが個人に依存した設計になっているだけだ。
なぜブラックボックスが生まれるのか
原因は3つに集約される。
情報が一か所(または一人)に集中している
Excelで管理すること自体は悪くない。問題は、そのファイルを実質的に一人しか触らない運用になっていることだ。更新者が限定されると、情報は徐々に属人化する。
工具と記録が紐づいていない
台帳に品番はある。現物にシールはある。でも現物を見ても台帳のどこを見ればいいかわからない。逆に台帳を見ても現物がどこにあるかわからない。記録と現物が別々の世界で存在している。
「校正=外注に出せばいい」で思考が止まる
校正自体は外注できる。しかし「いつ出すか」「何を出すか」「戻ってきた記録をどこに保管するか」の流れが設計されていなければ、外注しても管理はブラックボックスのままだ。
これらはすべて、個人の努力不足ではなく、運用設計の問題だ。
放置すると何が起きるか
品質面では、校正が切れた工具で測定した数値が記録に残り続ける。そのデータが後から何かの判断に使われる可能性がある。ISO 13485やQMS省令の文脈では、測定機器の管理状態について文書での確認が一般に求められると考えられるが、具体的な要求事項の解釈は各社のQMS責任者が確認する必要がある。
現場運営では、校正切れ発覚のたびに対応が止まる。「その工具は使えない」「別の工具を探す」「承認を取り直す」——この流れが月に数回発生するだけで、残業時間は確実に増える。
引き継ぎのリスクについては、[ひとりに依存した現場が抱えるリスク](/medical-device-maintenance-solo-dependency-risk/)でも整理しているので参照してほしい。
人が替わるたびに管理水準がリセットされる現場は、品質のばらつきがそのまま顧客への対応品質に出る。詳しくは[品質のばらつきが顧客対応リスクになる仕組み](/maintenance-quality-variation-customer-request-risk/)も合わせて読んでほしい。
改善するための判断基準
どこから手をつけるかは、現状の管理レベルによって変わる。
まだ手作業で十分な場合:工具の数が20本未満で、担当者が2名以下の現場。この規模なら、台帳を整備してルールを明文化するだけで管理可能だ。
テンプレートで解決できる場合:工具は一定数あるが、管理フローが属人化しているだけのケース。「いつ・誰が・何をすべきか」を標準化したテンプレートを作り、共有すれば追える状態になる。
ツール導入を検討する段階:工具が50本を超える、複数拠点がある、校正業者が複数いる——こうなったときに、手動での追跡は現実的ではなくなる。
今日できる改善手順
Step 1:現物の棚卸しを30分でやる
まず現場を一周して、工具の現物リストを作る。品名、シリアル番号、現在の保管場所、貼付されている校正ラベルの日付だけでいい。この作業を通じて、「どこに何があるか」「台帳と現物が合っているか」の実態が見える。
Step 2:マスターリストを1枚に集約する
棚卸し結果をもとに、「工具マスターリスト」を一枚作る。品名、管理番号、校正周期、次回校正予定日、保管場所、担当者——この6列があれば、現場の誰でも状況を確認できる。Excelでもスプレッドシートでもいいが、必ず複数人が閲覧・編集できる場所に置く。
Step 3:期限の見える化と通知の仕組みを作る
マスターリストができたら、次回校正予定日から逆算して「30日前にアラートが出る」仕組みを作る。Googleスプレッドシートなら条件付き書式で期限が近づいた行を赤くするだけでも効果がある。重要なのは「誰かが気づいてくれる」ではなく「仕組みが知らせてくれる」形にすることだ。
担当者依存の管理から脱却するための考え方は、[属人化を解消するための現場アプローチ](/medical-device-maintenance-depersonalization/)に詳しくまとめている。
おすすめの次アクション
工具・校正管理の改善は、台帳の整備と運用ルールの標準化が出発点になる。
すぐ使える工具管理テンプレートを作って運用に乗せる方法については、現場の実態に合わせた設計の観点から[メンテナンス現場の属人化と残業の関係](/maintenance-personalization-overtime-cause/)も参考にしてほしい。
ツールを使った管理効率化を検討するなら、次のセクションで紹介するサービスから試してみるのが手軽だ。
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よくある質問
校正記録は紙で管理していますが、デジタル化する必要がありますか?
紙での管理を否定するわけではない。ただし、紙のみの管理だと「検索できない」「複数人が同時に見られない」「バックアップがない」という構造的な弱点がある。まず現状の紙記録をスキャンしてデジタル化し、マスターリストと紐づける方法から始めると移行しやすい。
校正証明書はどのくらいの期間保管する必要がありますか?
保管期間の要件は、自社が準拠するQMSの内容や製品・顧客の要件によって異なる。一般的には数年以上の保管が求められるケースが多いと考えられるが、具体的な期間はQMS責任者や品質部門に確認するのが適切だ。
外注している校正業者が変わったとき、どんな影響がありますか?
業者変更自体は問題ではないが、「過去の記録がどの業者のどのフォーマットで残っているか」が追えなくなるリスクがある。業者ごとに発行される校正証明書の保管先と形式を統一しておくことで、業者変更後も連続した記録として管理できる。
工具の数が少ないうちから台帳を整備する意味はありますか?
少ないうちに整備するほうがはるかに楽だ。工具が5本のときに作った仕組みは、50本になっても大きく変える必要がない。逆に50本になってから「さあ整備しよう」となると、棚卸し・分類・紐づけに相当の工数がかかる。始めるタイミングは今が最も負担が少ない。
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ツール紹介
工具・校正管理をデジタルで一元管理したい場合、以下のようなツールが選択肢になる。自社の規模や運用フローに合うものを試してほしい。
資産・設備管理ツール(SaaS型)
設備や工具の台帳管理、校正期限アラート、点検履歴の記録をクラウドで行えるSaaSツールが複数ある。現物にQRコードやバーコードを貼り付けてスマートフォンで読み取る運用と組み合わせると、台帳と現物の紐づけが格段に楽になる。無料トライアルが用意されているサービスが多いため、まず自社の工具でテスト運用してみることをすすめる。
Excelテンプレート+通知設定の組み合わせ
既存のExcelやGoogleスプレッドシートで管理を続けながら、校正期限アラートを自動化するテンプレートも現実的な選択肢だ。条件付き書式で期限が近い行を色分けするだけでも、見落としのリスクは大きく下がる。ツール導入前の現場整理段階として使いやすい。
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