「その苦情、いつ本社に届きましたか。」
安全管理責任者にそう聞くと、返事が一瞬止まる。
現場では3週間前に把握していた。でも報告書に載ったのは今月分だ。市場からの情報は確かに集まっている。ただし、集まる場所がバラバラで、リスク評価に反映されるまでの時間が読めない。
これは担当者の怠慢ではない。情報が流れる経路が設計されていないだけだ。
よくある失敗
現場でよく見る光景が3つある。
ひとつ目は、苦情情報の入口が複数あることだ。コールセンター、営業担当、修理拠点、それぞれが別々に情報を受け取り、別々のExcelやメールで止まっている。安全管理部門に集約される前に、情報の鮮度が落ちる。
ふたつ目は、リスク評価が「イベントドリブン」になっていないことだ。半年に一度、思い出したように見直す運用になっていて、実際に重大な有害事象が起きても、その週のうちにリスク評価表が更新されない。
みっつ目は、定期報告書の作成が「提出期限の直前作業」になっていることだ。1年分の情報を締切前に集めて突貫でまとめるので、抜け漏れの確認に時間が足りない。担当者が変わった年は特に精度が落ちる。
なぜこの問題が起きるのか
原因は個人の能力ではなく、情報設計の欠如にある。
市場情報は、発生源(顧客・修理現場・海外拠点・文献)によって届くルートも書式もバラバラだ。それを一本化する仕組みがなければ、集約は誰かの「気づき」と「手作業の転記」に依存する。
リスク評価も同じだ。更新のトリガーが「定例のタイミング」だけに設定されていると、突発的な事象が起きたときに評価を動かす仕組みが働かない。トリガーの設計自体が抜けている。
そして定期報告書は、日々の情報が構造化されて溜まっていなければ、締切前に一から組み立て直すしかなくなる。これは属人化と直結する問題で、[医療機器メンテナンスの属人化リスク](/medical-device-maintenance-solo-dependency-risk/)とまったく同じ構造だ。担当者の頭の中にしか経路が存在しない。
放置すると何が起きるか
まず品質面のリスクが上がる。市場での不具合傾向を早期に捉えられず、対応が後手に回る。
次に、報告書作成期の残業が常態化する。[個人依存が残業原因になる構造](/maintenance-personalization-overtime-cause/)は、修理現場だけでなく安全管理業務でも同じように起きる。
引き継ぎも壊れる。担当者が異動・退職すると、情報がどこにあり、どう評価につながっていたのかが分からなくなる。結果として、次の担当者は過去の経緯を再構築するところから始めることになる。
顧客対応にも影響が出る。同じ不具合について問い合わせても、窓口によって回答の粒度が違う。これは[品質のばらつきが顧客の要求水準を上げてしまうリスク](/maintenance-quality-variation-customer-request-risk/)にもつながる。
改善するための判断基準
すべてをシステム化する必要はない。判断基準を持つことが先だ。
手作業でよいのは、情報の発生件数が少なく、担当者が固定していて、口頭でも履歴が追える規模のうちだ。
テンプレートで十分なのは、情報の入口が2〜3ルートに絞られていて、記録項目(発生日・発生源・製品・内容・初期評価)が毎回同じ形で埋まる状態になったときだ。
ツール導入を検討すべきなのは、入口が4ルート以上に分散している、担当者交代のたびに引き継ぎ資料を作り直している、報告書作成のたびに過去データを探すのに数日かかっている、といった状態が続くときだ。この段階になると、Excelの手動集計では収集から評価反映までの時間差を縮められない。
今日できる改善手順
Step 1. 情報の入口を棚卸しする
苦情・有害事象情報が、実際にどこから、誰を経由して、どんな形式で届いているかを一覧化する。ここで初めて「経路がバラバラだ」という事実が可視化される。
Step 2. リスク評価の更新トリガーを明文化する
「定例更新」に加えて、「重大事象発生時は◯営業日以内に評価を見直す」というルールを文書化する。トリガーが曖昧なままだと、緊急時に誰も動かせない。
Step 3. 記録項目を統一フォーマット化する
発生日・発生源・製品・内容・初期評価・リスク区分を、どの入口から入っても同じ形式で記録できるようにする。これだけで、報告書作成時の再集計作業が大きく減る。
おすすめの次アクション
まずはStep 3のフォーマット統一から着手するのが現実的だ。全社のシステムを変える前に、記録の型を揃えるだけで、集約と評価反映のスピードは変わる。
あわせて、[修理現場での音・違和感情報が品質差につながる話](/maintenance-quality-difference-machine-sound/)や、[記録の属人化を防ぐ視点](/medical-device-maintenance-depersonalization/)も、PMSの情報収集設計を考えるうえで参考になる。現場の一次情報をどう構造化して安全管理に渡すかは、根っこが同じ問題だ。
よくある質問
Q1. 市場情報の収集は誰が主担当になるべきですか
一般に、収集の一次窓口と、評価・報告の責任は分けて設計することが望ましいと考えられる。誰が集めるかと誰が評価するかを同一人物に依存させると、不在時に業務が止まりやすい。最終的な体制設計は、安全管理責任者を含む社内の責任者判断に委ねられる。
Q2. リスク評価は何をきっかけに見直すべきですか
定例のタイミングに加えて、重大な有害事象や海外规制当局からの情報など、あらかじめ定めたトリガー条件に該当した場合に見直す設計が一般的とされる。具体的な条件設定は、自社の製品リスクプロファイルに応じて品質責任者が判断する事項だ。
Q3. 定期報告書はどのくらいの頻度で作成する必要がありますか
製品のリスク区分や社内規程によって異なるため、一律の答えはない。頻度や様式については、QMS文書や社内の安全管理業務手順に基づき、責任者側で確認することが必要だ。
Q4. 情報収集をツール化すると規制対応として十分になりますか
ツール導入は情報の集約と可視化を助けるが、それ自体が規制適合を保証するものではない。運用ルールと記録の妥当性は、最終的に社内の品質責任者・安全管理責任者の確認と判断に委ねられる。
ツール紹介
情報の入口を統一し、記録から評価・報告までを一本の流れにしたい場合、Excelの延長線上ではなく、記録用のフォーマット設計や業務管理ツールを検討する段階に来ていることが多い。ここでは、実務での使い勝手を軸に2つの方向性を紹介する。
テンプレートで型を揃える
まずは無料に近いコストで始められるのが、記録項目を統一したテンプレートの導入だ。発生日・発生源・製品・内容・リスク区分を固定フォーマットにするだけで、報告書作成時の集計作業が大幅に減る。既存のスプレッドシート運用を壊さずに始められるのが利点だ。
業務ツールで流れを自動化する
入口が複数に分散し、担当者交代のたびに引き継ぎが崩れる規模になったら、クラウド型の品質管理・記録管理ツールの導入を検討する段階だ。収集から評価反映までの時間差を縮め、属人化を防ぐ設計がしやすくなる。導入時は自社のQMS文書との整合を、品質責任者を交えて確認することが欠かせない。

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