医療機器メンテナンスの暗黙知を見える化する最初の一手

「これは経験で分かる」

この言葉が出た瞬間に、暗黙知は会社の外へ流れ始めている。

医療機器メンテナンスには、マニュアルだけでは説明しきれない判断がある。音、振動、におい、ネジの感触、施設ごとの癖、過去トラブルの記憶。

こうした知識は、現場では大きな価値を持つ。

だが、頭の中にあるだけでは引き継げない。

暗黙知をいきなり文章化しようとすると失敗する

暗黙知を見える化しようとして、最初からマニュアルを作ろうとする会社がある。

これは難しい。

ベテラン本人も、何を基準に判断しているかを言語化できないことが多い。本人にとっては当たり前だからだ。

「いつもと違う音がする」

「この動きは嫌な感じがする」

「この施設では先にここを見る」

こうした表現を、いきなり標準手順書に落とし込もうとすると止まる。

最初に必要なのは、きれいな文書ではない。判断の入口を集めることだ。

[機械の音でバレるメンテナンスの品質差](/maintenance-quality-difference-machine-sound/)にもつながるが、現場の感覚は品質差として表に出る。だからこそ、消える前に拾う必要がある。

最初の一手は「違和感メモ」

暗黙知を見える化する最初の一手は、違和感メモだ。

ベテランに「ノウハウを全部書いてください」と頼んでも進まない。だが、「今日の作業で違和感を持った場面を一つだけ教えてください」なら答えやすい。

例えば、こういうメモでいい。

「起動音がいつもより低かった。ファン周辺を確認したらホコリが多かった」

「前回交換した部品なのに摩耗が早い。使用頻度が高い施設だった」

「表示エラーは出ていないが、動作開始までの反応が遅かった」

これはまだマニュアルではない。だが、判断の入口になる。

暗黙知は、違和感から拾う。

見える化する項目は3つでいい

違和感メモには、最初から多くを書かせない。

項目は3つでいい。

何を見たか。

なぜ気になったか。

次に何を確認したか。

この3つだけで、経験者の判断プロセスが見える。

「異音がした」だけでは使えない。「通常より低い音だった」「ファン周辺を疑った」「ホコリと回転抵抗を確認した」まで残れば、次の担当者が再現しやすくなる。

完璧な説明より、判断の順番を残すことが重要だ。

[医療機器の修理品質を感覚で管理している会社が抱えるリスク](/medical-device-repair-quality-standard-risk/)でも書いたように、感覚を否定する必要はない。感覚を判断基準に近づけることが必要だ。

写真とセットにすると一気に伝わる

暗黙知は、文章だけでは伝わりにくい。

写真を一枚添えるだけで、伝わり方は変わる。

摩耗の状態、汚れの量、ケーブルの取り回し、部品の向き、表示画面、作業スペースの状態。こうしたものは、文章より写真の方が早い。

写真に一言だけコメントを付ける。

「この程度のホコリでファン音が変わる」

「この角度でケーブルが曲がっていると断線しやすい」

「この表示が出たら先に電源履歴を見る」

これだけで、次の人が現場で思い出せる情報になる。

続けるコツは、評価に使わないこと

暗黙知の見える化が続かない理由の一つは、記録が評価や指摘に使われることだ。

「なぜ気づかなかったのか」

「なぜ記録していないのか」

こうなると、現場は書かなくなる。

違和感メモは、責任追及のためではなく、次の作業者を助けるために使う。ここを明確にしないと、ベテランほど本音を書かなくなる。

管理者がやるべきことは、記録の量を責めることではない。出てきたメモをチェックリストや引き継ぎ書に反映することだ。

[引き継ぎ書を作っても読まれない](/handover-document-why-not-used/)状態を避けるには、現場から出た小さな知見を使える形に整理する必要がある。

まとめ——今日できる一歩

暗黙知を見える化する最初の一手は、大きなマニュアル作成ではない。

今日の作業で出た違和感を一つ残すことだ。

何を見たか。なぜ気になったか。次に何を確認したか。

この3つを残すだけで、経験者の判断は少しずつ会社の資産になる。

ベテランの頭の中にある知識は、退職や異動で消える。消える前に、違和感として拾う。

そこから標準化は始まる。

よくある質問

暗黙知は本当に文章化できるのか

すべてを文章化する必要はない。まずは判断の入口を残すことが重要だ。違和感、確認した場所、次の判断を残せば、完全な文章でなくても引き継ぎに役立つ。

ベテランが協力してくれない場合はどうするか

負担を小さくする。1日1件、短文でよいと伝える。さらに、評価や責任追及に使わないことを明確にする。目的が現場支援だと伝わらないと協力は得にくい。

写真を残すときの注意点はあるか

施設情報、患者情報、個人情報が写り込まないようにする。必要に応じてトリミングやぼかしを行い、社内ルールに従って保存する。

どこに保存すればよいか

機種別や作業別に探せる場所がよい。最初は共有フォルダやNotion、Googleドライブでも十分だ。重要なのは、全員が同じ場所を見ることだ。

ツール紹介

Notion

写真、短文メモ、タグ管理を組み合わせやすい。機種別・症状別・作業別に暗黙知を整理できるため、小さなナレッジベース作りに向いている。

Googleフォーム + スプレッドシート

現場から違和感メモを集める入口として使いやすい。スマホから入力でき、回答が自動で一覧化される。最初の収集には十分実用的だ。

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